D坂の殺人事件
明智さん(KSKさん)と伊能四郎の出会いは「ゴー!ゴー!ナイアガラ・フリーク」に詳しく書きました。簡単に転記しますと、89年に当時の雑誌「FM STATION」経由で知り合い、手紙でのやり取りが続いた後、93年末についに対面したというものです。
「3」という数字は日本人にとっていろんな意味で重要な意味を持っていると思います。「3大なにがし」の「3」です。この「3大なにがし」は伊能にとっても好きなくくりで、色んなところで定義を作っています。その中の1つが「伊能的3大天才」です。僕が到底太刀打ちできない「3人の天才」なる者がいるのです。1人は「ハッシー」こと橋爪さん。そしてもう1人が今日の主人公、明智さんです。93年に明智さんと対面して以来、彼の頭の回転の高速さ、知識量、芸術性、客観性、ギャグセンス、そしてヒト・モノに対する距離感(強引でもなければ淡白でもない)等々、あらゆる面で感嘆することばかりです。伊能はすぐに長い文章を書いてしまうのですが、明智さんには概要やキーワードを伝えるだけで真意が伝わることが多々あるぐらいです。そんな伊能が今から10年前、明智さんに「アルバムを作ろうじゃあーりませんか」と持ちかけたのは当然のことでした。「ソロ・アルバムを作れるのは明智さんしかいない、ナリアガリ・レーベルを分かってくれるのは彼だ」と伊能は考えたのです。
ちなみに「伊能的3大天才」の3人目は空席です(ファーストクラス)。これから出会うに違いありません。実に楽しみです。
明智さんが1996年4月20日に発表したアルバムが「ファースト」です。彼にとっての初めてのソロ・アルバムでした。「ファースト」、これは1996年当時の彼の集大成だったと断言できます。クレジットをご覧になれば分かりますが、彼自身が詞を書けるにも関わらず(作家ネームは柳田敬之)、彼の作詞は2曲しかありません。それはなぜかと問われれば、「共作」つまり「他の誰かとのつながり」を歴史的事実として刻んでしまおうと彼は考えたのではないか、と伊能は答えます。すなわち金銀銅次、Solty=Kamiasa氏、上村俊彦氏、青田留美氏、柳田有子氏。これらの人々は明智さんと深く関わった者たちです。彼らとの音楽的連携を残しておきたい、明智さんはそのテーマでアルバム作成に取り組んだと伊能は考えます。また、当時の歌詞カードのDedicated toには、たくさんのミュージシャンたちがクレジットされています。「ファースト」を、彼がある意味「それまでの研究成果を発表する機会」としたのでは、と思うのです。
ところで、金銀銅次の詞がとりあえずいちばん多いです。それには理由があります。その話は89年、明智さんと伊能との出会いにさかのぼります。伊能が明智さんに「2つのグラス」の詞を送ったところ、彼はハゲシク感動したそうで、すぐに「2つのグラス」に曲を付け、自らが歌ったテープを送ってきてくれたのです(今回の「2つのグラス(オリジナル・ヴァージョン)」がそれ)。伊能は感激したものでした。また、宥雄虔(ヒロヲケン)さんのDJ風番組「パルナッスからの贈り物」で、「納涼放談」という「毎年夏になると宥雄さんは伊能と対談する」てな優雅な企画があります。93年から「金銀銅次の詞に曲をつけよう」という愉快な遊びが始まりました。以下の通り毎年行なわれたのです。
年 |
曲を付ける対象となった金銀の詞の題名 |
1993 |
僕の中の微笑み |
1994 |
白い妖精 |
1995 |
2つのグラス |
1996 |
1994年の脱サラ |
1997 |
(過去4年を振り返る) |
1998 |
渡せそうもないクリスマス・プレゼント |
この楽しい遊びに(全部ではありませんが)明智さんも参加してくれました。つまり明智さんの完成品がストックされることになったのです。金銀銅次の詞がとりあえず多くなったのは、そのようないきさつがあったからです。ここで明智さんの音楽的引き出しの多彩さは見逃せません。メロディ、リズム、アレンジ、ギター、ちょっと高めのヴォーカルの足後の腕前を、クリアなサウンドに生まれ変わった10周年用MP3を聞けば高評価したくなることでしょう。
詞の話を続けますと、明智さん本人の詞が多くないのは、もう1つ重要な要素があるからではないかと考察しています。その要素とは「明智さんはペシミストである」というものです。1から100まで悲観しているわけではないでしょうが、かなりペシミズム寄りだと伊能は見ています。詞には、どんなに架空のことを書く場合でもどうしたって「作詞家の主観」が現れます。そのため、もしも「ファースト」でもっと明智さんの詞が多かったとしたら、かなり重い雰囲気のアルバムになっていたことでしょう。「慰望」「夜明けの旋律」は完全に彼の世界です。この2曲をアルバムの先頭に配置して「これは自分のアルバムだ」という意思表示をまずしておき、さらに「ナリアガリ・レーベルにおけるアルバムの立ち位置」を考慮し、トータルとしてはポップに見える構成を組んだのではないでしょうか。
さて、「ファースト」から10年。やはり気になるのは明智さんのニューアルバムでしょう。実は今年発表する予定があります。しかも「そんなことより聞いてくれよVol1.」「同Vol.2」に続くプロモーション盤です。アルバムの題名は「リハビリテーションVol.1」。1曲を除いてカヴァーです。本当に発表されるかどうかは発表されてみれば分かります。待ち遠しいですね。
(伊)能書き : 伊能四郎
2006年4月19日